AIは日本語の文型の説明がどのぐらいできるのでしょうか。
今回は、比較のために、ChatGPTとGeminiの二つのAIに文型の説明を生成させてみました。両者とも「今日のプロンプト」で指示した意味と使い方の説明の他に、例文や類似表現との違いまで生成してくれています。一見すると、詳しくていねいな説明のように見えます。
しかし、その説明はところどころ異なっています。両者共通の部分もありますが、片方にしかない説明もあります。そのため、どちらも一長一短で双方に少し説明が足りないところがあります。
では、両者合わせれば、十分なのかというと、実は文型事典や文法の問題集によく書いてある典型的な情報が両者とも抜けています。
さらに、残念なことに、説明が間違っていると思われる箇所もあります。
AIによる文型の説明は、教師が文型の大まかなイメージをつかむのにはいいと思いますが、情報が足りないところ、間違っているところもあるようです。
残念ながら、AIの文型の説明はこのままでは授業で使えないと思います。
人間にできること
AIに作らせた文型の説明の何が問題なのか、AIの文型の説明をチェックしていきましょう。
まず、市販の文型事典や文法の問題集によく書いてある「てからというもの」の説明を下のようにまとめてみました。「てからというもの」の説明には次の4つの内容が書かれていることが多いです。
A てからというもの、B
a.原因 AはBの状態が起こるきっかけ、原因
b.大きな変化 BはA以前にはなかった大きな変化
c.継続 Bは継続している状態
d.時間の経過 Aは近い過去のことではない。Bがしばらくの間続いている。
今回、CahtGPTが「結婚してからというもの、彼はすっかり家庭中心の生活になった。」という例文を作っています。上のa、b、c、dについて、この例文を例にして考えると、以下のようになるでしょう。
a.原因 「結婚」したことが原因で、「家庭中心の生活」に変わった。
b.大きな変化 「結婚」以前は違ったが、今は「すっかり家庭中心」
c.継続 「結婚」してから現在まで、ずっと「家庭中心の生活」
d.時間の経過 「結婚」したのは、昨日や1週間前のことではない。
「結婚」して「家庭中心」になってから、時間が経過している。
今回のChatGPTの文型の説明には、上のb「大きな変化」とc「継続」の説明ははっきり書いてあります。a「原因」も説明で「きっかけ」という言葉を使って、一応触れています。しかし、d「時間の経過」についてはまったく書かれていません。
一方、Geminiの説明には、「原因」という言葉が使われていて、a「原因」についてははっきり書かれています。また、c「継続」も「継続」という言葉を使ってはっきり書かれています。しかし、意味の説明のところに「時間の経過を強調する」という表現がありますが、これがd「時間の経過」の内容を指し示すものかどうか、わかりづらいところがあります。そして、Geminiの説明には、b「大きな変化」の説明は書かれていません。
少しAIに対して意地悪な感じになってしまいましたが、AIの説明は網羅的ではなく、不十分なところがあるということはおわかりいただけたかと思います。文型の説明については、人間である教師が文型辞典や文法の問題集の説明などを確認して、補っていく必要がまだまだあるようです。
AIはインターネット上のあるゆる文章を学習して、その知識をもとに回答を生成していますが、インターネット上にアップされていない、文型辞典の内容や文法の問題集の文型の説明などはAIは学習したことがありません。文型の説明は、AIにはまだ回答しにくい「専門的な知識」なのだと思います。
ここに注意!
文型の説明は、教師だけではなく、学生がAIを使って、調べることもあるでしょう。AIの生成した説明に間違いがあっても、学生はそれに気づかず、説明を鵜呑みにしてしまうかもしれません。
今回のAIの回答にも、間違いと思われる箇所が何か所かありました。
例えば、ChatGPTの「使い方」の説明のところに「改まった文や書き言葉でよく使われます。」という説明があります。「改まった文」というと、目上の方への手紙やビジネスのメールなどがイメージされますが、そんな文章の中で主観的な「てからというもの」という表現を使ってもいいでしょうか。「てからというもの」を使ってもいいのは、主観や感情を表してもいい「くだけた文章」の中なのではないでしょうか。「てからというもの」が書き言葉でよく使うという説明はよいとしても、「改まった文」の中で使うと学生が覚えてしまって、実際に使ってしまったら、大変なことになるのではないでしょうか。
さらに、ChatGPTの説明には、類似の表現である「て以来」との違いの説明があり、「てからというもの」の方がより「主観的」であり、「て以来」の例文には「単に時間の経過を表す」という説明が書かれています。しかし、これは行き過ぎた説明だと思います。
「て以来」の用例を文型辞典やインターネットなどで調べていただくとわかるのですが、実は「て以来」は主観的な文と客観的な文の両方で使われる文型です。「て以来」の後に、主観的、感情的な表現が来る用例も非常に多くあります。「てからというもの」が主観的な文の中で使用されるというのは間違っていないと思いますが、だからと言って「て以来」は主観的ではないというのは、行き過ぎだと思います
(「て以来」「てからというもの」の違いについて、インターネットで検索すると、「て以来」を客観的、「てからというもの」を主観的と説明しているサイトが検索の上位に上がってきます。根拠などを特に示していない、個人のサイトばかりなのですが、残念ながら、それらのサイトの説明にAIが影響を受けてしまっていると思います。
実は、文型辞典や文法の問題集などの文型の説明に「主観的」という言葉はあまり出てきません。なぜなら上級の文型のほとんどがそもそも主観的な表現だからです。「や否や」「たりとも」「たあげく」「極まりない」など、日本語能力試験N1レベルの表現はほとんどが主観的な感情がこもった表現です。ですので、「主観的」という言葉だけでは上級の表現の特徴や違いを説明することができません。新聞、論文、講義などで使われる客観的な意味を持つ文型、「において」「た結果」「とともに」などは、日本語能力試験N2以下でだいたい勉強が終わっています。)
一方、Geminiの生成した説明には、意味の説明のところで「変化が起こってからの時間の経過を強調する」という説明が書いてあります。「変化が起こってから、長い時間が経っている」という意味だと思いますが、AIの作った「てからというもの」の例文に実際にこのようなニュアンスがあるでしょうか。
Geminiが生成した例文に「スマートフォンを持つようになってからというもの、本を全く読まなくなった。」という文がありますが、この文は「時間の経過を強調している」でしょうか。私には「本を読まなくなってから長い時間が経ったこと」を強調している文には思えません。
先ほどのご説明した通り「てからというもの」は、あることが「原因」で「大きな変化」があり、それが「継続」しているということを示す文型です。「スマートフォンを持つようになった」という「原因」や「本を全く読まなくなった」という「変化」が強調されているとは思いますが、「本を全く読まなくなってから時間が大分たっている」といったニュアンスはこの文にはないと思います。
そして、むしろ「時間の経過を強調している」のは、「て以来」のほうではないでしょうか。
「てからというもの」のところを類似表現の「てから」や「て以降」そして「て以来」に変えた下のような文を考えてみましょう。
a.スマートフォンを持つようになってから、本を全く読まなくなった。
b.スマートフォンを持つようになって以降、本を全く読まなくなった。
c.スマートフォンを持つようになって以来、本を全く読まなくなった。
上のa、b、cの文にはどのようなニュアンスの違いがあるでしょうか。「てから」を使ったaの文は、特にニュアンスのない中立的な意味を持つ文のように思います。「て以降」を使ったbの文は、ある時点から変化があったという時間の前後関係をよりはっきりと示した文のように思います。そして、「て以来」を使ったcの文は、単に変化が始まった時点を表しているのではなく、ある時点から「本を読まない」という状態が長く続いているという時間の経過を表しているように思います。
ちなみに、cの文の場合、「本を読まなくなった」のはいつからでしょうか。aとbの文の場合は、「本を読まなくなった」のは一週間前でもよいような感じるのですが、「て以来」の場合、一週間では短すぎるように感じます。「て以来」を使うには、ある程度長い時間の経過が必要で、一日前や一週間前でなく、数か月前とか数年前の出来事でないと、文が作りにくいようです。「て以来」という表現の中には「本を読まなくなった」時からある程度時間が経過しているというニュアンスが含まれているのです。「てからというもの」があることが「原因」で起こった「変化」を強調しているとすれば、「て以来」は「変化」が起こってからの「時間の長さ」を強調するものだと思います。そして、これが「てからというもの」と「て以来」の意味の違いだと私は考えています。
長いご説明が続きましたが、最後にまとめますと、AIが生成した文章には間違いが含まれる場合があります。そして、これは、AIに文型の説明を生成させる場合にも当てはまります。
AIが間違いを生成してしまう原因には、AIが学習しているインターネット上の情報自体が間違っている場合やAI自体が勝手に新しいウソの情報を作り出してしまう場合(ハルシネーションHallucination)などがあって、AIの作る文章から完全に間違いをなくすの現状では不可能です。
AIに文型をの説明を生成させる場合には、文型の説明の間違いに気がついて、それを修正をする力が日本語教師に求められます。しかし、文型の説明は日本語教師にとっても、議論が分かれる部分、わからない部分があり、誤りを誤りとして認識するのが難しいところがあると思います。
このブログでは、実際にAIの文型の説明の間違いについて長々と説明を書いてきましたが、この「てからというもの」に限らず、AIの文型の説明に微妙な間違いを見つけ、修正するのには時間と労力がかかります。
先ほどの繰り返しになりますが、文型の説明は、AIには回答しにくい、そして、人間には間違いが見つけにくい「専門的な知識」なのだと思います。
参考サイト:
「てからというもの」や「て以来」については、下の国際交流基金のサイトが大変参考になります。
日本語の文法のご著書で有名な市川保子先生が書いていらっしゃいます。
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/tsushin/grammar/201606.html